『上級国民だから逮捕されない』は弁護士から見ても本当と思う理由」については、非常にたくさんの方々にお読みいただけました。
この件が、そんなに注目を集めたのは、逮捕と勾留は処罰ではないにもかかわらず、実際にそのように機能していること、そして実際に処罰であると誤解されていること、さらに、逮捕勾留の判断にあたっては、犯罪の内容以外の考慮要素が大きい、つまり、より重い罪を犯した人が逮捕勾留されず、より軽い罪を犯した人が逮捕勾留されることもある、ということが、影響しているのではないかと思います。

ここでは、できる限りわかりやすく、厳密な正確性よりわかりやすさを重視して、それぞれの制度を解説します。

身柄拘束と刑事司法:手段でも目的でもある

刑事司法においては、身柄の拘束は、目的でもありますし、手段でもあります
つまり、刑事司法の目的に、真犯人に刑罰を科すというものがあります。その刑罰はいろいろありますが、メインは懲役刑や禁錮刑です。
これらは、刑事施設に収容して自由を奪うので自由刑といわれます。
身柄を拘束して自由を奪うというのは、近代国家では、一般的な刑事罰です(かつて近代国家以前は、体に傷をつける鞭打ちなどの身体刑とか、生命を奪う斬首刑といった生命刑など、野蛮な刑罰が行われていた時代もありました。)。
懲役刑などは、確定した判決に基づき、刑罰として自由を奪う制度です

一方で、逮捕と勾留という制度は、どちらも身柄を拘束しますが、刑罰ではありません懲役や禁錮は刑罰であり、自由を奪うことが目的です。
ですが、逮捕と勾留は、自由を奪いますが、それは目的ではありません。手段です。
目的は証拠の隠滅や逃亡の防止であり、その手段として自由を奪う、これが逮捕と勾留という制度です。

自由を奪うということは同じなのに、懲役刑や禁錮刑は、自由を奪うのが目的であり、手段でもあります。ですが、逮捕と勾留では、自由を奪うのは手段であり、目的は別(証拠隠滅と逃亡防止)です。

ですから、混同されやすく、なぜ、これが逮捕されて、これはされないのか、あるいはその逆ではないか、という疑問が起きるのです。

逮捕とは何か

逮捕というのは、一時的な身柄の拘束で、その期間上限は原則として72時間です。
逮捕には3種類あります。いわゆる逮捕令状を求めて逮捕する通常逮捕、現行犯人を令状なしで逮捕する現行犯逮捕、一部の例外として、逮捕後に令状を求める緊急逮捕、というものです。
現行犯逮捕の要件は現に犯罪を行い、あるいは行い終わっていること(さらに準現行犯というものもありますが、省略します。)です。
緊急逮捕の要件は、一定の重罪であり、嫌疑が充分で、しかも逮捕状を求める時間のないことです。この場合、事後に逮捕状を請求しないといけません。
通常逮捕の要件は、罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が必要です。ただし、明らかに逮捕の必要がなければ逮捕できません
罪を犯したと疑うに足りる相当な理由とは、犯罪をしたという疑いがあるということですが、有罪判決のような高度な確信までは、要求されません

すごく大雑把にまとめると、とにかく逮捕では、犯罪の相当な嫌疑が必要であり、それで足りるということになっています。ただ、明らかに逮捕の必要がなければ、することはできません。明らかに必要がないとは、いろいろ考慮要素がありますが、やはり、証拠隠滅や逃亡の可能性が考慮されます。

また、実際問題として、逮捕するかどうかの判断にあたっては、(現行犯逮捕でその場で鎮圧する必要があるとか、そういうものを除けば)基本的にその後に勾留ができるかどうかが考慮されます。そういう意味で、次に解説する勾留の要件と類似しているが、それよりも軽め、ということができます。

勾留とは何か

勾留とは、逮捕よりも継続的な身柄の拘束で、起訴前つまり裁判前の勾留と、起訴後つまり裁判中の勾留があります
起訴前勾留は、原則は10日間ですが、20日間まで延長できます(さらに例外もありますが、省略します。)。
起訴後勾留は、起訴から2ヶ月間が原則で、1ヶ月単位で更新でき、更新の上限はありません。
勾留の要件は、罪を犯したとを疑うに足りる相当な理由、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡したか又は逃亡をすると疑うに足りる相当な理由、住居不定です。
以上の要件の関係は、罪をおかしたことを疑うに足りる相当な理由は必須であり、残り3つはどれか1つで足ります。

禁錮刑、懲役刑とは何か

これらは刑罰です。どちらも刑事施設に収容されます。
懲役刑は、さらに、所定の刑務作業に従事させられます。
その要件は、確定した有罪判決です。
では、有罪判決の要件は、何でしょうか。それは、「犯罪事実について合理的な疑いを超える程度の確信」があり、かつ、それが、刑事裁判手続きで適法に認定されること、です。

まとめ

以上をまとめると、逮捕や勾留については、犯罪事実については相当な疑い程度で大丈夫であるし、正式な裁判手続を経て認定する必要もないが、その代わりに、証拠隠滅や逃亡について相当な疑いが必要である、ということになります。

一方で、禁錮刑や懲役刑については、同じく身柄が拘束されますが、要件が異なり、確定した有罪判決が必要であり、そのためには「犯罪事実について合理的な疑いを超える程度の確信」が必要であり、しかも、それは、正式な刑事裁判手続きで適法に認定されたものでなければいけません。一方で、それさえあれば、証拠隠滅や逃亡の可能性を問わずに行う(執行する)ことができます

ですから、犯罪事実としては全く同じことをやったとしても、その被疑者の属性から、証拠隠滅や逃亡の可能性についての事情が異なれば、逮捕勾留についての結論も大きく変わります
特に、逮捕勾留の要件である逃亡や証拠隠滅については、犯罪事実そのものだけではなく、周辺事情、本人の属性、さらに、事後の行動も考慮されます
これらは、疑われている犯罪事実そのものよりも、報道は断片的であったり、されなかったりします。さらに非常に不正確であることも多いです(私も、担当事件について、180度違う事情を報道されたことがあります。)。

ですから、報道を見ていると、「なんであいつが逮捕されて、こいつがされないんだ!」と思われることもあるというわけです。そして、それは、報道ベースだけで判断すれば、避けることが難しい誤解であるといえます。